カランコロンカランコロン・・・
そっと扉をあけて、「やあ」といつもより大きな声で言ってみる。
「やあ村長」
いつもの壁際の席で本を読んでいた攻歩が目をあげる。
「ぺんぎんさん、いらっしゃ~い」
バタバタ走りまわっているのは算ちゃん。
「忙しそうだな、算ちゃん」
「忙しいんだよ~夢さんがボ~っとしてるから、僕が代わりになんでもやらなくちゃ。
あ、ぺんぎんさんはセルフサービスでやってね」
まあいいんだが。
「夢さんがどうしたんだって?」
「なんかね~棋戦でひどい手指したとかで落ち込んじゃっててさ~。」
「それでせめほがSOS送ってきたのか」
今はかなり仕事が忙しい時期で、ここ2週間ほどここに立ち寄る時間がなかったのだが、
夕方攻歩から携帯にメールが入って、夢さんが暗くてどうしようもないから来てくれと言われたのだ。
「あれ、なんとかしてくれないと、ほんと困る」
カウンターの隅のほうを見やりながら攻歩がなさけそうな顔をする。
そちらを見ると、夢さんがいるにはいるのだが、心ここにあらずといった風情。
隣の椅子に座って、
「夢さん、来たよ~」
と言ってみる。
「あ、ぺんぎんさん、いらっしゃいませ」
やっと気づいてくれたらしい。
まあ、ここは普通の喫茶店とは趣がかなり違うので、べつに夢さんがボ~ッとしていても
ふつうに成り立つのが面白いところ。
常連客は思い思いに好きなものを飲み食いしているし、常連以外の客はほとんど来ないし。
「今日のおすすめは何があるんだ?」
と算ちゃんをつかまえて聞いてみる。
「う~ん・・・夢さんが元気ないから、シチュー系しかないんだよね~。」
なるほど^^;
夢さんが元気なら、フライだとか天ぷらだとか、盛りだくさんのメニューがあるのだが、
煮込んでおけばオッケーのシチュー系しかないということはよほど滅入っているらしい。
「あ、でも、おでんならあるよ~昨日から煮込まれてるから味しみてる」
「おお~じゃあ、とりあえず大根とちくわとはんぺん入れてくれ、算ちゃん」
「お酒は?」
「焼酎、自分で割るから」
セルフサービスで~と言ったわりには、かいがいしく世話を焼いてくれるのが算ちゃんらしい。
「で、夢さん、なにをそんなに落ち込んでるんだ?」
こういうのはまわりくどくなく単刀直入に聞くのが一番。
夢さんは、棋譜をながめていた。
「3手目で終わっちゃったのよ~」
ほお。
「76歩34歩68銀とか指した?」
「いえ、それなら本当に終わってるから、投了するし。まあ笑っちゃっておしまいになるかな」
「先手?後手?」
「後手番」
「じゃあ、夢さんの場合、76歩34歩ときて、22角成かな?」
「そうなんだよね~~~~(ため息)」
「普通の人はそれでは終わらないけど、夢さんの場合そこで心が折れるからね^^;」
筋違い角は夢さんのもっとも苦手とするものの一つ。
「筋違いなんてカモとしか言いようがないけど?」
攻歩が口をはさむ。
「君ならそうだろうけど、夢さんはそうじゃないってわかってるでしょ」
「っていうか、3手目指されて気持ちが折れて、10手目で最悪の手を指したんなら、そこで投了すればよかったのでは?」
というので、棋譜をみてみる。算ちゃんがパソコンをカチャカチャと動かすと、駒が勝手に動き出す。
ああ、そういうことか。。。
「攻さん、投了はできないわ」
「なんで?」
「だって、投了したら、みんなとっても優しい人たちだから、指し直しとか言い出しかねないもの」
「指し直ししようって言われたらしたらいいじゃない」
「だって・・・それは私の気持ちがだめなのよ」
「心折れちゃってるからね」
俺が言葉を引き受ける。
「うん。。。」
「まあ、私もべつに指し直ししたいとは言いませんが」
せめほは負けず嫌いなのでそうだろう。
「でも、夢さんは、3手目を指されて、相手がひどいって思ったわけ?」
「そうじゃないのよ、攻さん。ぎゃ~って思ったけど、勝負なんだからそれはありだと思ったの。
相手が苦手なことをやって当然でしょ」
「そう言い切る割には、夢さんはいやなことあんまりしないね」
「しないのではなくて、技術がないからできないだけです^^;」
「でも七並べで、相手を困らせるためにカード止めないでしょ。そういうところがねえ~」
「だってかわいそうなんだもの」
せめほの言いたいことはわからないではないけれど。
でもそれが夢さんなんだよなあ。
性格的に勝負事に向いているとはお世辞にも言えない。
「だけどさ、馬作られて、その馬をひかれて、しっかり先手陣守られて、それでも一生懸命手を作ったじゃない。」
「だって指さないといけないって思って必死で立て直そうと思ったんだもの」
「じゃあ、夢さんは夢さんで頑張ったんだから、そんなに落ち込むことじゃないと思うなあ」
「だけどね」
そこで夢さんは俺の顔をまじまじと見つめた。
「だけど、心の底でもうこの将棋はだめなんだってずっと思ってたのよ。本当は投了すべきなんだって、
もうとっくに投了すべきなのに、投げどきがわからなくて必死で指してて。それってもしかしたら
ものすごく相手に失礼なことしてるんじゃないかしら?そう心の底で思ってる自分がいるって、
そんな葛藤があるって、相手にも観戦してる人にも、なにより駒に申し訳ないよね。。。」
大きな目からポロポロ涙が落ちてくる。夢さんの涙には弱い。
はっきり言って、ここに来る面々で夢さんの涙に勝てる人はいない。
が、ここは心を鬼にして。
「まず、見てる人は関係ないでしょ。見てる人のことを考える必要もない。」
ときっぱり言い切る。
「で、次に相手なんだけど、相手はよく知ってる人なんでしょ?」
「ずっと前から知ってるの。駒落ちの相手もしてくださるし、棒銀がお得意なので急戦やってくれるし。
一度も勝ったことないけど、それでも少しずつ近づいてるかなあって思って、いい勝負できるかなって思ったのに
それがこれだからきっとあきれちゃったかなあって、すごく悲しかった」
「苦手分野に踏み込んだんだから、それは仕方ないし、相手もわかってると思うよ。それこそ勝負なんだから」
「そうなんだけど、将棋になってないところがあまりにもひどいよね。。。」
「じゃあ、将棋になるようにするしかないね」
「でもどちらにしろ、ほんと苦手なのよ。角がにらんでて、うまく対応できなくて」
と言いつつ、二人で盤に向かい合う。
「振りは結構大変かなあ。。。」
振り飛車は手損になることもあり、かなりしんどそうではある。
「Lでもいれば振りのいい対応教えてくれそうだけど、俺じゃちょっとむずかしい」
「絵瑠さんはめったに顔出さないから仕方ないわ~じゃあ、居飛車でやってみる」
最近矢倉の指導を始めてから、夢さんは居飛車の感覚を少しずつだが身につけるようになってきた。
以前はここで「居飛車でやってみる」なんて言葉は、どう探しても出てこなかったものだ。
それが自ら言うようになるんだなあと、それなりにちょっと感動したり。
「ふ~ん。大丈夫そうじゃない」
算ちゃんがのぞきこむ。
「この感じだったら、負けても頑張った感がきっとあると思うわ」
さっきよりずっと元気そうな声になった。
「要は怖がらないで、方針を一貫させて。馬を作らせないと心に決めて、中盤もあせらず丁寧に。
そしたら自然によくなるから」
「はい!」
「おお~夢さんが笑顔になった~~」
「さすがは村長!」
「ってことは、僕はそろそろバイトを終えてお客になろうかと思うんだけど?」
「あ、算ちゃん、ありがと~助かりました。あとはちゃんとやるから大丈夫よ」
「じゃあ、算ちゃん、巨で旅団やろうぜ~~」
「オッケー」
「あら?せっかくぺんぎんさん来てくださってるんだから、巨商伝じゃなくて麻雀にしない?」
「おお~その手があったか」
「いや、俺は仕事つまってるから、明日も朝早いし、そろそろ帰る・・・」
「心配しなくても、僕たちどっちかの部屋に泊っていけばいいし」
せめほと算ちゃんは同じマンションの違う階に住んでいる。
なぜか夢さんの実家だったりする。ちなみに家賃は超安い。
たしかにそれだと宿の心配はしなくてもいいが、泊まれるんだろうか???こいつらは夜更かし大好きだし。
かなり遅くなるんならここで帰ったほうが。。。
と心の中でひそかな葛藤がつづく。
こういうとき翌日の心配せずにすむっていいよなあ・・・。
山積みの仕事のことを思い出して、すこし憂鬱になりながら。

この店の名は「喫茶 えどがわ」。
普通の人はここが喫茶店だとは思わない。
看板もなければ電話帳にも載っていない。
だけど、将棋が好きというただその一点で集まってくる仲間たちにはその店の扉が見える。
そこに、オーナーを受け継いだ夢さんがいて、
壁際の席にせめほが座っていて、算ちゃんがちょこちょこと動いている。
それが普通の風景。
「やっぱり、久々に麻雀しようか~」
「そうこなくちゃ」
せめほには絶対負けないぞ~と思いながら、俺は夢さんがいれてくれた特製ブレンドのコーヒーを飲みほした。

                            (FIN)

*お忙しいのに、私のために駆けつけてきてくださったぺんぎんさんに、心からの感謝をこめて~夢より。

more...

スポンサーサイト
line
line

line
月と星と妖精ダストのブログパーツ
line
プロフィール

ゆめ

  • Author:ゆめ
  • ハンゲーム将棋弐と将棋倶楽部24、最近は将棋ウオーズにも出没している将棋大好きな主婦です。
    子供たちも大きくなって、息子は社会人2年目、娘は大学四年生です。
    ペットはミニチュアシュナウザーのセナ(メス)8歳です!
line
Wedding Anniversary

line
最近の記事
line
最近のコメント
line
カテゴリー
line
月別アーカイブ
line
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

line
sub_line
ブログ内検索
line
RSSフィード
line
リンク
line
sub_line