大学受験を控えている息子に「頑張って」というと、「頑張ってるんだから、それ以上は頑張りようがないからそういうことは言わないで」と言われ、なるほど~そういう考え方もあるかなと思いました。
逆に娘のほうは、「そろそろ勉強しなくていいの?」などと言うと「これからしようと思ってたのに、やる気をなくした」となるので、思い切りテンションをあげるようにおだてながら「みんな(ぬいぐるみたち)が頑張って~って言ってるよ」と言うと、なぜかやる気をだします。

「日本人は頑張る民族」と中学に入った時に音楽の先生に教わり、なるほど~と思っていたので「頑張る」って普通に口をついてでる言葉だったのですが、自分の育てた子供たちでもこういうふうに受け止め方が違うんだと思い、言葉って不思議なものだと改めて思います。

数か月止めおいてしまった高校時代の友達との交換ノートをやっと書き終えて、クリスマスの日に次の友達に送ることができました。
毎日毎日ノートを見ていました。
私の心の中では毎日毎日書いていました。
ずっと話しかけていました。
すこし書きだすと、また日常の中でトーンダウンしてしまうような出来事が起こり(義父が梗塞を起こしたり、てんかんの発作を起こしたり、昼夜逆転して夜中に何度も起こされたり)、またしばらく書けなくなってしまう・・・ということが何度も繰り返され、お盆にはつぎの友達に送るつもりだったのに(彼女はとても忙しい人なのでお盆休みとかちょっと長めの休みのときでないと、ゆっくりノートに向き合えないだろうと考えて)、あの暑い夏をどう乗り切ったか今となっては思いだせないけれど、気づくと秋になり、冬を迎え、さすがに年内には送らないと・・・と思いながらここまで延ばしに延ばして、やっと投函できたという感じです。

彼女からメールが入り(全員のメールアドレスを知っているものの、メールのやりとりはほとんどないですね^^;)、「クリスマスプレゼントみたいで嬉しかった~ありがとう」と言われ、ホッとしているところです。^^

今回、私はなにを書くよりも、彼女たちみんなにメッセージを送りたかった。
個々に述べている悩みについてコメントするのではなく、みんなに同じことを伝えたかった。
それは毎日ノートに語りかけながら、ずっと心の中で言っていたことです。

★         ★         ★         ★

一人ひとり、みんなちがう悩みを持っている。
でも、それぞれがちがう悩みだからこそ、自分の悩みは他の人にくらべてあまりにも小さなものだと考えたり、「みんなはすごく頑張ってるのに私はなんなんだろう」と思ったり。
ノートを読むだけで、どれだけそれぞれが頑張っているのか、目に浮かぶようでした。
たぶん、他の友達は私が一番大変だろうと思っている。
でも、義父や義母に振り回されながらも、私は数年前より家での居場所を確保できた分、ずっと気楽で。
何をやっても「ちゃんとした嫁」とは認められなかったつい2年ほど前からすれば、雲泥の差です。
義父がいるから家を空けられないと言っても、もともとおつかいに行くだけでも1時間を越えれば「何をやってたの?」と注意をうけるような舅・姑でしたし(子供よりも私が出掛けることが一番問題だったし)、主人のお休みの日に一緒にちょっと離れた大きなスーパーに買い物に出かけるだけで「日頃忙しい息子に運転させて、自分は楽してどうするの?」とか言われたし。二人で仲良くゴルフの練習場に行ったときには、「子供を置いて母親がそんなことするんじゃない!」・・・でもその子供たちはそのときすでに中学生でしたけど???

なので、私にとって今現在は家の中での立場がそれほどつらくはないので、そこそこ気楽です。
しかも昔からの持病もあるので(癌じゃないですよ~あんなものはとっくに体の中から追い出しています(笑))、基本的に疲れ過ぎて倒れるようなことをしてはいけないと自分自身でコントロールしているしたたかな部分も持っているので。
今日はだめだな~と思ったら、すみやかに寝ています^^

・・・こんな風なので、私は自分が頑張っているとは思っていない。
でも、私の友達はみんなそれぞれの壁にぶつかりながら、それぞれが頑張っている。
そこに悩みの大きさだとか、深さだとかはまったく関係なくて。
それぞれが一生懸命に生きているということが、とても美しいと思えて。

だからこそ、みんなに言いたくて。
みんなが頑張っているのがわかるから、私も頑張れるんだよ~って。
胸を張って頑張っているとは言えないけれど、それでも私が今自分の置かれている立場とふつうに向き合って生きているのは、「みんながそれぞれに頑張っているから」なんだよって。

そして、今いろんなことがあっても、5年後10年後になれば状況はきっと変わっているので。
(私は義父が少なくとも10年はこの状態でいると信じています)
そのときに、「自分が」元気であれば、きっと逢えるだろうし、状況が許さないなら動ける人に逢いにきてもらえばいいかと^^
大事なのは自分が心身ともに健康であること。
それに尽きます。
だから元気でいようね~。

★         ★           ★         ★
多少表現は違うでしょうが、だいたいこういう内容です。

ノートの中には書きませんでしたけど(さいごは急いで書いたので、書き忘れたというのが本当のところ)、私は10年後にもし義父や義母の介護がなくて一人で動くことができるようになっていたら、ある学校に入りたいという夢ももっています。
多分その資格を取るには通信教育ではだめじゃないかと思うので。
そして介護している人たちの役に立てればいいな~と。
そのためにも、自分が元気でいることが大事だと思っています。(たぶん結構体が資本の仕事なので(笑))

そして、もうひとつの希望は。
つぎにノートが回ってくるのは数年経ってからなので。(爆
やっぱり数年に一度情報交換するのではなく(だってそのときそのときの悩みって、つぎにノートが回ってきたときには遠い昔の話になってるし)、HPかブログをみんなのために開きたいな~ということ。
HPの技術を持っていないので、どうしたらいいか考慮中なのですが、でもやってできないことはないような気もするし。このfc2でもHPは開けるはずなので。

ノートとは一味違って、そういうのもありかな~と思い始めています。
来年は自分自身を見直す意味でもいい年になりそうです^^



スポンサーサイト
line
我が家にはB型が多いです。
義母・主人・息子の三人は間違いなくB型で、娘は16歳になった現在でも血液型を調べていないため不明ではあるものの、娘と知り合ったたいていの人が「B型だろうね~」といいます^^;
まあ、選択としてはBかOしかないので、私が見ていても「この子はO型じゃないなあ・・・」としみじみと感じることが多いし^^;

さて、昨日のことですが。
その娘と義母が喧嘩してしまいました。(爆
あまりにもささいなことなので、喧嘩になる理由がわからないというか、なんでこの二人はそんなことでもめているんだろう~と思ったりもしましたけど^^;

義母が二階にある自分のタンスを置いてある部屋の掃除をしていたのです。
で、タンスの中にあるもう使わないものを娘がいるかな~と思い、廊下を通りかかった娘に二度声をかけたらしい。ところが娘がまったく返事をしなかったので頭に来て(^^;)、掃除を終えて下に降りるときに「人に声をかけられて返事もしないなんて、いい度胸してるね!」と言ったらしい。。。
・・・まあ、喧嘩を売ったのはおばあちゃんですね^^;
で、娘のほうは呼ばれたことに全く気付いていなかったので「聞こえなかった」と言ったわけですが、「聞こえないわけないでしょ!」と断定され、あまりにも悔しくて、一階の食堂の床のワックスをかけていた私のところに来て、「聞こえないから聞こえないって言ったのに、聞こえてないわけないとかわけわからないこと言われた!」「おばあちゃんは自分勝手だ!」などなどわめき始め(ある意味すごいなあ・・・)、さらにそれを聞きつけた義母が「あんな距離で聞こえないわけないじゃないの。それで聞こえないんなら耳が相当悪いんだね」などと言うので、さらにややこしい展開になって^^;

その場で娘になにを言っても、そして義母になにを言っても無駄だな~と思ったので、私はあえて何も言わず、黙々とワックスをかけてましたけど^^;
感想としては、「この二人、そっくりだわ(^^;)」

娘もぜったいB型だなあ。。。
O型だとこんな展開にはならないなあ。。。
基本、争いはできるだけ避けますからね~。
そういえば、以前主人と義母が喧嘩したときもすごかった。
お互い自分の主張だけ出して、なかなか相手の言うことを受け入れなくて^^;
主人は私をかばってくれていたので、そんな風に思うのも悪いのですが、私としてはどちらの言い分もよくわかりました。なんかすごいいい子ぶりっこみたいですけど、今回も状況は目に浮かぶようだったし。

義母の呼びかけは娘には届いていなかったと思います。
それは聞こえない距離ではないとかそういうことではなく、たとえば耳には届いていたとしても聞こえないときってありますよね。べつのことを考えていたとか。
或いは、「なにか言ってるな~」と思ってもひとりごとかなくらいの感覚だったりして、自分への呼びかけだとは思わなかったとか。
ましてやそのちょっと前に、娘は朝起きる時間について義母に注意されたばかりだったので、あえておばあちゃんの声にはシャットアウトかけている部分があったかもしれないし^^
だからと言って、距離的には当然聞こえて然るべきだったのでしょうから、義母の決めつけがいけないとも言えない。
要するに、お互いもうすこし譲り合えばいいだけなんですけどね~。
一度出たら引っ込みがつかなくなったのだろうし、ましてや娘は自分を理解してもらえないことに対してはものすごく反感を覚えるので^^;

・・・というわけで、今日はB型とO型の「自分説明書」を楽しく読んでいました。
やっぱりO型はとことん自分に当てはまりますね^^




line
少し~というかかなり更新が滞っているのは年末というせいもありますし、そうでない理由もちらほら・・・。
そろそろブログそのものを見直す時期にきているのかもしれません。

数年前にある人に言われた(?)言葉が時折胸を貫いて、自分ははたしてブログなどやっていていい人間なんだろうか~という根本的な疑問が生じることがあります。
ただなんとなく書いていることを共感してもらえたり、あるいは批判されても全然かまわない(世の中にはいろいろな見方がありますから)のですが、私の中に根本として残っているあることが「哀れ」であるなら、そしてそれ以外のことでも哀れと思われるために書いていると思われているのなら、書いている意味はないのかもしれないと思ったり。

古来、「あはれ」という言葉は美しい言葉だったのに、そのなかで一番悲しい部分が現在まで残ってしまって、「哀れ」と言われるとかなりつらいものがあります。

そして、そのことについて考え始めると、ブログを更新することなどできなくて・・・。
ただそのことだけを何をしていても考えてしまっている弱い自分がいます。

先月か先々月か忘れましたけれど、大阪のほうで子宮頸がんのお母さんが赤ちゃんを出産したというニュースを読みました。当然進行がはやく、子宮内にも癌はきていたらしく、普通なら確実に子供はあきらめたケース。
(私の場合とよく似ています)
ただ、母親の「産みたい」という意思がとても強かったため特別な方法がとられてそれが成功したということだったようです。
その記事の中には「成功した」という言葉だけが取り上げられるわけですが、その「成功」の意味は赤ちゃんもお母さんも無事に出産したということで、では今後なんの問題も生じないかどうかは誰にもわかるはずもなく。
ただ「成功」という文字だけが流されていくことがちょっと心配な気もしたりします。

とはいっても、その記事を読んだ時、私はそのお母さんがきっととても嬉しかっただろうと想像できたので、素直に「よかった~」と思いました。
どうあっても、生まれたばかりの赤ちゃんを胸に抱く瞬間は、母親にとって本当に幸せなときなのです。
さまざまな困難があったとしてもその瞬間の喜びを忘れなければきっと頑張れるはず。
だから・・・母子ともに元気でいてくださいね、と心から祈りました。m(_ _)m

夫はやっぱり私のときにいろいろなことを考えたせいで、こういう話になると、「そのあとどうなるかわからないからなあ・・・」と必ず言います。
そしてその気持ちも私には痛いほどよくわかります。
私や夫だけではなく、そういう決断をしてきた夫婦が今までどれほどいたことでしょう。
それは社会通念とか倫理観とかそういうむずかしいことではなく、ただ「子供を産みたい」というその気持ちが許されないという、その気持ちの持って行き場がないという、ただそれだけのことで。
ただそれだけだからこそ、もしかしたらものすごい我儘を言っているのではないかとか考えることもありますし、或いは自分だけ生き残ることに対するものすごい罪悪感もあったりして。

母親は子供のためならいつでも命をかけられるものなのです。

なのに、それを許されず、自分が子供の命を奪ってしまったことに対して誰が許しても自分は自分を許せない。
その決断をしたのは自分ではなく夫だとしても、夫を憎むことは決してなく、だけど自分は許せない。
その気持ちは・・・「哀れ」と呼ばれるものなのでしょうか???
なにか違う気がする。
どこか違う気がする。

う~ん・・・違うなあ。。。
言いたいところはそこではなくて(なんかだんだん自分で高揚して違うところに力が入っていた^^;)、結局私はなにをやっても哀れを押し売りしてるように見えるのではないかということ。
今私の置かれている状況じたいが、そういうふうに見えるのではないかということ。
私はその「哀れ」という言葉を思い出すと、とことん自分が偽善者なのかなと思うわけです。
そう言えなくもないような気もするし。たしかにそういう部分ってあると思うし。
そこで冒頭の「自分ははたしてブログなどやっていていい人間なんだろうか~」という疑問に行きあたるんでしょうね。

いつもはひた隠しにしているものが、なにかの原因でそうやって出てくると(とはいっても阪大病院のその記事が引き金では決してないのですが~じゃあ、なんなんだって言われそうですけど、自分でもわからない(笑))、その言葉にとらわれてべつのことを書こうとしても書くことができなくなっている・・・。
なんだか情けないなあ~と思いながら、日々過ごしています。
もちろん義父の介護もあるのですが、そちらは私にとって「ふつうの日常」になりつつあるので。
逆に言うと、義父の介護というひとつの仕事が家のなかにあるということが、今の私には大事なことなのかもしれないとも思っているくらいで。

やっぱりブログは明るく続けたいので、あんまり暗い部分は見せたくないですよね^^
ただ、どういう形で今後つづけていくかということは、考え始めないといけないかなと思っています。








line
昨日とうとう12月に入りました。
一年は本当にあっという間です。
で、12月になったとたんに、息子が体育の授業中にけがをしたという連絡が高校から入り・・・。^^;
もしかして足にひびが入った可能性もあると言われ、整形外科を近くでいろいろ探すものの「整形は午後の診療はありません」という冷たい受付の女性の声ばかりが電話から聞こえてきて・・・。
仕方ないので、とりあえず外科でレントゲンを撮ってもらい、その結果整形外科でないと対応できない場合は改めて考えよう~ということになり、近くの総合病院の外科で診てもらいました。

結果。
とりあえずひびが入っているわけではなく、ひどく捻ったのでねんざのひどい状態・・・みたいな。

あ~~~~~よかったぁぁぁ。。。

なにしろ受験生ですしね。
こんなさしせまった時期に骨折でもしてたら、泣いても泣ききれない。。。
学校への送り迎えだって、義父がいる状況ではなかなかむずかしいし。。。

本当によかったぁぁぁ。。。

というわけで、足はまだまだとうぶん腫れてはいるでしょうが、(歩くより逆にそのほうが楽だというので)今日も彼は元気に自転車登校していきました^^
ほんとうに大事に至らないでよかったです^^
line
line

line
月と星と妖精ダストのブログパーツ
line
プロフィール

ゆめ

  • Author:ゆめ
  • ハンゲーム将棋弐と将棋倶楽部24、最近は将棋ウオーズにも出没している将棋大好きな主婦です。
    子供たちも大きくなって、息子は社会人2年目、娘は大学四年生です。
    ペットはミニチュアシュナウザーのセナ(メス)8歳です!
line
Wedding Anniversary

line
最近の記事
line
最近のコメント
line
カテゴリー
line
月別アーカイブ
line
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

line
sub_line
ブログ内検索
line
RSSフィード
line
リンク
line
sub_line